オートバイの館


750turbo-CX650TURBO比較表
750turbo-CX650TURBOの比較(20040205)
CX650TURBO(1983年モデル CM)
CXはアイドリング時は過充電状態?
CX650TURBOのサービスマニュアル「19−3」にあるとおり
自分のCXで計ってみたところ、1200回転で5Aだった。
アクセルを吹かして2000から5000まで回転を上げてみると下がったので、
アイドリング時にはバッテリーにとって過充電のようだ。
エンジン回転を上げたほうが過充電と思いがちだが、
実はアイドリング時のほうが過充電状態というのは
レギュレータが働いてこのようになっているのだろうか?
 
よく雑誌の記述で誤ることとして、CX650TURBOのオイル容量は
3.6リットルとすべきところ5リットルまたは3.5リットルと記述されていることがある。
CX650TURBOの部屋(20140802)



750TURBO(1984年モデル US仕様)

750TURBO,GPZ400F(紺赤)
中型免許を取った1984年当時は、
カワサキから750turboに憧れて
GPZ400F(紺/赤)を購入し、
750ターボ風のアンダーカウルを付けていた。

よく雑誌の記述で誤ることとして、
750turboの燃料タンクの容量は
17リットルとすべきところ18リットルと記述されていることがある。
(GPZ750は18リットルだけど750turboは違います)

(トラブル1)
油温計が115度以上でエンジンをスタートさせたときに細いアース線(黒/黄の線)から煙が出た。
→スタータにアース線を追加した。 
(トラブル2)
セカンドギヤの爪が欠けセカンドギヤが入らなくなった。
→部品交換(シフトの爪が欠けた)
(トラブル3)
タンク内のガソリンが熱でグツグツになり、タンクキャプの鍵穴からガソリンが出る。
→タンク裏に断熱材を貼った。
→タンクキャップを現行品(品番変更)に変更。
750turboの部屋(20150506)



H2(2015年モデル)
H2の部屋(20160116)

NINJA H2 ニンジャ

KR250(1984年モデル)

KR250
KR250の部屋(20091230)






RG250Γ(1983年モデル)
RG250Γ
RG250Γの部屋(20130203)






グランドアクシス
GrandAxis100
グランドアクシスの部屋(20130203)






GN50E(1982年モデル)  

GN50E
GN50Eの部屋(20070513)


・・・・・・
転倒の部屋(20040410)
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バイク写真館(20041107)・・・・・・・写真募集中です!!
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キップの部屋(20071008)
 

GN50E(新車)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−1982〜現在まで
1982年夏に原付免許を取得。
ホンダからMBX50が発売されており、ほしいバイクだったが親に買ってもらうには値段が高く、あきらめた。
予算内で選んだバイクはスズキGN50E(1982年モデル)だった。2年間で14000キロを走った。
九州の阿蘇山に登ったときにはオーバーヒートで動かなくなってしまったが、
エンジンが冷えたら、また復活したので無事帰ることができた。
大阪−東京間も1日で走ったこともある。
GPZ400F(新車)−−−−−−−−−−−−−−−1984〜1988廃車−1998手放す
親に内緒で教習所に通い1984年夏に中型免許を取得。
この年に発売されていた「GPZ900R」「750turbo」に憧れ、この頃からカワサキ党となった。
購入対象として検討したのは「KR250」「GPZ400F」で、迷ったあげく、
限定色の「紺/赤」が気に入り「GPZ400F」(1984年モデル)を選んだ。
ターボ風カウルをつけて乗っていたが、1988年までの4年間で29000キロ走り廃車にした。
(この頃は在庫処分で750turboの新車が88万で売りに出ていた)
KR250(中古)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−1991〜現在まで
1988年からの3年間は「GN50E」だけの生活であった。
原付と言えども、日帰りツーリングで東京から富士山の五合目までの往復、東京から軽井沢の往復と走り回っていた。
中型免許取得時に購入対象だった「KR250」を週末になると都内のバイク屋を回り探したが、
程度のよい「黒/赤」は見つからなかったが、1ヶ月ほどしてから程度のよさそうな「銀(1984年モデル)」を見つけた。
色としては好きではなかったが、購入することにした。
1991年のことである。
750turbo(中古)−−−−−−−−−−−−−−−−1993〜現在まで
オートバイ雑誌を見ていて「750turbo」の広告が出ていたので、
仕事帰りに見にいってみた。アメリカからの輸入車のためサビもなくきれいなものであった。(1984年モデルUS仕様)
オートバイで一番好きなのがこの「750turbo」であったので、
この機会を逃すと一生手にすることはないと思い購入を決断した。大型免許を持っていないのに。
バイク屋さんに大型免許が取れるまで「750turbo」を置いてもらうことにした。
教習所に通い、2ヶ月後には大型免許を取得することができた。
今みたいに教習所では大型免許はとれないので、
教習所で練習を行い、運転免許試験場(鮫洲試験場)でテストを受け、3回目で合格した。
1993年のことである。
ZZR1100(新車)−−−−−−−−−−−−−−1995〜1999手放す
原付を除くと、所有するバイクは全て1984年モデル(GPZ400F、KR250、750turbo)であった。
今の最新バイクはどんなものだろうかと思い、
1994年にZZR1100の購入を検討したが、諸事情により断念した。
(競馬でバイク代をすってしまった?)
1995年の夏には購入に踏み切った。(1995年モデル)
ラジエターは冬は暖かく快適であった。
CX650TURBO(新車)−−−−−−−−−−−−−−1998国内未登録〜現在まで
1998年春、アメリカからバイク輸入を行っているバイク屋さんに行ったところ、
「CX650TURBO」「CBX1000」「S1(ローソン)」の新車があった。
過去に「750turbo」の新車があったので、何度か寄っているのだが、
(過去にはZ1-RのT型の箱入り新車やZ1-RのU型、CB400、OW1・・・の新車などもあった)
「750turbo」ではなく「CX650TURBO」(1983年モデル)だったので
カワサキ党であったが、好きなターボがついていたので「よし」とし、翌日購入を決意した。
今でも車検をとらずに新車の状態で保管しているが、半年に1度はエンジンをかけるようにしている。
「GPZ400F」は、また乗るつもりでいたのでタンク、フロントカウル、スクリーンを新品に交換し10年間保管していたが
「CX650TURBO」購入により手放すことにした。
手放した「GPZ400F」は、上野のバイク街で2度ほど見かけたが、
メータが巻き戻されて、1万キロ台だった。(実走29000キロなのに)
CXターボは見たことがなかったので購入の際に不安(メンテ)があったが、
雑誌でCXターボクラブの存在を知っていたので、すぐに連絡をとり入会し今日に至る。
CX650TURBO(中古)−−−−−−−−−−−−−1998〜現在まで
1998年秋、CXターボクラブの2代目会長が
滋賀のレッXXXXンでCX650ターボを見つけ購入を検討していたが、
購入を断念され、「誰か購入する人はいないか」ということで連絡があったので
購入を希望し、入手することができたので、車検をとり乗っている。
750turbo(中古)−−−−−−−−−−−−−−1999国内未登録〜現在まで
程度のよい750turbo(1984年モデルイタリア仕様)があったので、
ZZR1100はとても優等生であったが、いつでも乗れるバイクと思い、4年間乗ったZZR1100を手放すことにした。
この750turboは車検を取らず置いておくことにした。
「カワサキ党」から「ターボ党」になってしまった。
今後、ターボ車が発売されることはないと思うので、今の4台のターボを発売時のコンディションで維持してゆきたい。
RG250Γ(中古)−−−−−−−−−−−−−−2007〜現在まで
レーサーレプリカの火付け役として1983年にデビューしたバイクで、
リヤカウルのデザインが衝撃的(なんじゃこりゃー)でした。
昔から気になっていたバイクでしたが、なんとなく購入するまでには至りませんでした。
KR250を所有しているので、2ストを購入するなら「500ccのフルパワーがいいな」と思っていましたが、
状態の良いガンマでしたので、肩を押される思いで購入を決意しました。
H2(新車)−−−−−−−−−−−−−−2015〜現在まで
スパーチャージャーが付いていたので、迷わず購入しました。

ターボは輸出専用車で国内販売されなかった。
ターボ車の生産台数を見るとターボは成功したとは思えないが
何故成功しなかったかということを当時の国内状況から考えてみると、
当時は、自主規制で750CCまでのバイクしか国内販売していなかったが、
ターボ車というと全て750以下というところから、
各メーカーは国内販売を前提に開発していたのではないだろうか。
それとも750以上はターボがなくても充分パワーがあると判断したのだろうか?
1983年にカウル装着が認可され
カワサキからはGPZ400などが国内販売され、
1984年からは水冷としてKR250、GPZ750Rの
販売が始まり水冷は空冷に比べて目新しさから「水冷は性能がよい」と思っていたので、
輸出車であれば、750turboよりGPZ900Rのほうが
水冷=最新技術のバイクということでGPZ900Rに目がいっていた。
最高速度で比較しても235キロ(750turbo)に対し250キロ(GPZ900R)だったので
どちらを買うかと選択するときにはGPZ900Rとなったのではないだろうか。
ターボによるパワーアップは「タービン、色々なセンサー、8ビットコンピュータ」など
今までにない部品が増えるため、コスト的には
排気量を大きくして対応したほうが安上がりだったと思うので、
ターボ車はメーカーにとっても冒険だったのではないだろうか。
ターボ車を乗ったことのある人がほとんどいない状況下(ターボ車がどんなバイクかわからずに)で
買ったあとのメンテナンスはどうなのかということから考えると
ターボを選択するということには購入者にとっては勇気が必要だったことだろう。
よく雑誌ではターボラグが嫌われて売れなかったと書いてあるが
ターボラグというのは空気が圧縮されるまでの時間で(フルブーストになるまでの時間で)
乗っていて気になるようなものではないので、
ターボ車に乗ったことがない人が想像で雑誌に書いていたのではないだろうか。
ドッカンターボの750turboなら、
たしかにコーナリング中のコントロールは難しいだろうけども、
他のターボ車はドッカンではないので問題ないと思う。
売れなかった理由
(1)ターボ車のメリットが見当たらなかった。
   値段→高い。(在庫処分時には安かったが)
   馬力→排気量を大きくすればターボの必要性がない。
   ターボ→ターボのメンテがどんなものかわからなく不安であった。
といったことだったのではないだろうか。




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