DD54の小部屋




福知山  
ターンテーブルの回りにはDD54がいましたが、そのDD54がいなくなり、機関区もなくなり、このターンテーブルはどうなるんでしょうかね。



ターンテーブルは駅前にありました。


ターンテーブルは駅前の一等地に保存されています。

大阪発の「だいせん2号」はDD51に引かれて福知山駅に到着すると、最後尾にDD54が後押しするかたちで連結されていた。中学生だったボクの他に二人組みの二十歳ぐらいの人もDD54を撮影していた。ボクはこの「だいせん2号」に乗って和田山駅に向かうことに決め、だいせんに乗り込んで客車側からDD54を眺めていると、DD54の中から手を振る人がいるではないか。よく見ると先ほどまで一緒にDD54を撮影していた二人組であった。なんとDD54に乗って福知山から和田山まで乗って行ったのである。鉄道写真を撮っているボクたちに対して好意的に対応してもらえた、よい時代の出来事でした。


1978年3月当時に山陰本線を走っていたDD54の定期列車は、
「上り」と「下り」で各1本で、「上り」は「824レ(和田山→福知山)」、
「下り」は「だいせん2号(福知山→和田山)」だけだったと記憶している。
「824レ」は終点、福知山には23時頃到着し、「だいせん2号」は深夜1時ごろ到着し40分ほど停車していた。
両方とも深夜であったため、この列車を撮影したのは1回だっけであった。


1977年4月01日(金) 福知山には休車中、現役車含めて「11、13、19、23、27、31、32」の7両がいた。
1978年4月02日(土) 福知山には休車中、現役車含めて「11、24、30、31」の4両がいた。
1978年8月15日(火) 福知山には休車中、「12、30、33」の3両がいた。
1983年1月31日(月) 福知山には休車中、「33」の1両がいた。











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